MY STORYNo,14
RESEARCHER
研究者
Minori
Tokito
時任 美乃理
農学研究科 森林科学専攻 助教
ふたつとない
地域に、
ふたつとない
地域計画を。
地道なやりとりの
積み重ねが描く
地域の未来
大学3回生のとき、指導教員に連れられて訪ねたボルネオ島がすべてのはじまりでした。当時の私の将来の夢は、自然系雑誌の編集者。でも、熱帯の山奥での生活をはじめて体験して、ものを書くことよりもまず、文字になる前のみずみずしい情報にいちはやく触れ、経験したい! という欲張りな気持ちが芽生えたのです。
日本語を忘れるほど、
地域に溶けこんで調査した半年間
ボルネオ島でいちばん印象的だったのは、はじめて見る動植物や大自然の景色……ではなく、現地に生きる人びとの暮らしでした。人と自然が絶妙に応答しあい成立している生態系の姿を、はじめて目の当たりにしたのです。環境問題は、人を排除し自然だけを囲い込んで保護すればすむ問題ではなく、人と自然がどう関わりあっていくかを真剣に考えなければ、なにも解決しない──教科書では学べないこの現実に直面し、人と自然の関わりをより学際的な視点から考えたいと、京都大学地球環境学舎に進学しました。
専門に選んだ地域計画学は、地域に暮らす人々、文化、歴史、自然など、そこにある地域資源を最大限にいかし、持続可能な地域計画を考えていく学問です。地域に適した計画を一から考えるには、まずはその地域をとことん知ることからはじまります。
GISなどを用いて量的データの分析もしますが、地域のことはその地で暮らす住民たちに聞くのがいちばん。大学院1年めには約半年間、タイ北部の少数民族の村に住み込み調査をしました。言語もわからないまま飛び込みましたが、現地のものを食べ、住民にまざって山仕事や農作業をし、地域に溶けこむことを第一に心掛けていると、帰国するころには日本語が思いだせなくなるほど(笑)。でも、そうしてはじめて、地域の方が心を開いて、思いをこぼす瞬間に出会えるのです。
地道なやりとりでこそ育まれる
地域住民との信頼関係
大学院2年めからは、ベトナム中部の山岳地域での調査をはじめました。かつては伝統的な焼畑農業を営む村でしたが、市場経済化が進み、山の斜面に熱帯早成樹プランテーションが広がります。土地のつかい方が変わると、暮らしや生態系も変化します。いまどんな状態にあり、この先にどんな影響を与えるのか。一軒一軒まわって土地利用や生業の実態を精査し、住民と対話しながら地域のあり方を模索しました。
私たちの研究には、型にはまったアプローチもマニュアルになる教科書もありません。地域ごとに抱える課題や有する資源は違うので、ある地域では成功した方法も、また別の地域では機能しないことなど日常茶飯事。正解のなさに悩まされることもあるのですが、だからこそ広がる可能性と潜在力が私を魅了してやみません。
ここ数年は、出産と育児で長期出張がむずかしくなり、日本の農村で調査をすることが増えました。過疎高齢化が喫緊の課題である愛媛県の山間部で、地元の高校生とプロジェクトを進めています。当初は「じきにだれもいなくなるから」と諦めの空気に包まれていた限界集落の人びとが、若者との協働作業をつづけていくなかでふと「地域をこうしたい」と前向きな気持ちをこぼしてくださったときには心が震えます。止まった歯車が動きだしたような活気に励まされて、いまも月1回、愛媛に通って変化を見つめています。
一つとして同じ地域がない。だからむずかしい。でも楽しい。つねに柔軟な視点が求められるこの分野において、私は京大で学べたことがほんとうによかったと心底思っています。なぜならここには専門分野や考え方の違う人たちがごまんといて、偶然の出会いすら多種多様で刺激的だから。型にとらわれない自由な学風がいつも背中を押してくれるのです。まずは飛び込むこと。それが代えがたい経験を連れてきてくれるかもしれません。
愛媛県の山間部に広がる棚田で農作業。
週末の調査にはいつも息子を連れていきます
Recommend高校生のみなさんに手に取ってほしい作品
『納豆の起源』 横山 智 著(NHK出版)
東南アジアからヒマラヤまでをフィールドワークし、納豆の起源に迫る本です。
「納豆のある場所はすべてフィールド」だという著者の、研究が楽しくて仕方ない! という気持ちがこの本の随所から伝わってきます。こんな研究テーマに出逢いたいと思わされた一冊です。
『旅をする木』 星野道夫 著(文藝春秋)
アラスカに暮らし、大自然に生きる動物を撮影してきた写真家のエッセイです。
自然の厳しさや、現地への思い、五感を感じる文章に魅せられました。「環境を守ろう」とはいわずとも、その語り口で自然の偉大さを伝えてくれます。研究仲間にもこのエッセイが好きな人が多く、話が盛り上がることも多いです。