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研究者になる

生沼 泉(生命科学研究科・助教)

Rasに恋し、Rasに一途

早いもので、私が低分子量Gタンパク質の研究の世界に加わらせていただいてから、学生時代を含めると13年が経ちました。思い返せば、薬学部の卒研生として研究室に配属され、初めて挨拶に上がった際のこと。指導教授の根岸学先生(現在のボスでもあります)は、「興味あることは何?」と私に尋ねてこられました。その際に「Rasです!」と間髪を容れず答え、先生に驚かれたことは、今でも懐かしくも新鮮な記憶です。低分子量Gタンパク質Rasに魅せられたのは、高校時代の頃です。その当時はRasの原がん遺伝子としての研究の黎明期~黄金期にあたる時代にあたり、高校生レベルが手にする雑誌でも話題として取り上げられていました。中でも「Rasというとても小さなタンパク質のアミノ酸のたった1カ所の変異で、細胞ががん化してしまう」ということを読み、その変異体Rasを体内に入れられたというネズミが、親指大の大きな腫瘍塊を抱えている写真に衝撃を受けました。そんなこんなで、Ras(Rat sarcoma)タンパク質のパワフルさにすっかり魅せられました。

さらに遡れば、私の幼少期は原っぱや田んぼを遊び場にする少女でした。お金で買えるような玩具にはさほど魅力を感じず、野草や虫と遊び、鉄条網くぐりでできる衣服のかぎ裂きや膝小僧の大判絆創膏は日常茶飯事でした。亡き祖父が植物遺伝学の研究者で、遺品のノートの植物のスケッチの緻密さを見て感動し「なんか、格好いいなあ」と思ったのは小学生時代のことです。過酷な研究生活の中の貧乏暮らし、挙げ句の果てには徹夜続きで過労死したとかいう祖父の話を父に聞かされ、ネガティブになるどころか、それが武勇伝に思え、研究者という職業に余計に憧れていました。さらに、当時伝記で読んだキュリー夫人は、劣悪な部屋で暖をとるため、椅子を布団の上に乗せて重さの感覚で寒さをしのごうとしたのだとか。そのころから、絶対に「貧乏な研究者」になろうと思っていました。当時は「雑草」という言葉が嫌いで、逐一見かけた植物の名前を父に尋ねたり、自ら事典で調べたりすることで、研究者気分に浸っていました。研究者になることしか考えていなかったので、高校卒業後の進路決定にあたっても全くぶれませんでした。

閑話休題。これは私のリサーチ不足だったのですが、実は、その当時の根岸研究室ではRasはやっていなかったらしく、「うちではRasはやってないよ~」と言われ、失恋に似た落胆を覚えたことも記憶に鮮明です。私が配属された当初は、研究室ではRasの近縁の、同じく低分子量Gタンパク質のRhoファミリータンパク質の研究が精力的に行われていました。その中の1つ、Rndタンパク質の研究のプロジェクトに加わることになり、当初2年ほどは、Rasへの想いは片想いのまま胸にしまい、Rndタンパク質の結合分子として同定されていたプレキシン(Plexin)という受容体タンパク質の機能に関する研究をしていました。ところが、研究(恋愛?) とは予測がつかない方向に進むものです。Plexinは1回膜貫通型受容体タンパク質であり、Plexin-A~Dの4つのサブタイプがあるのですが、私はふと、それらの細胞内領域にある共通に保存されたドメイン構造に目をとめました。「共通なものには何らかの意味があるかもしれない」と考え、解析した結果、Rasファミリー不活性化を触媒する(GTPが水解してGDPになるのを触媒する)酵素として働きうるドメイン構造であることがわかりました。その後、その酵素活性の実在を検証するために、お世辞にも綺麗とは言えない、昼でも薄暗いRI実験室に通い、放射性同位元素(32P)でラベルしたGTPのトレース実験を一人深夜まで行い、シンチレーションカウンターの結果を解析する際のドキドキ感は良い想い出です。結果、幸運にもPlexinという受容体がRasの不活性化酵素として働くという、全く新奇な情報伝達機構の解明となりました。そういうわけで、長年の恋が実り、それ以来、一途にRasの研究をやっています。

毎日、人は眠ることで死を疑似体験しているとかいわれます。研究者それぞれにいろいろな研究スタイルや目標があるのだと思いますが、私自身は毎夜寝床につくときに、「今日は満足な仕事ができた」と思えるように、ただそれだけを目標に毎日やっているだけです。もちろん、周りのサポーターのみんなへの感謝の気持ちも、日々のエネルギーに換えて。次のポジションの問題も含め、未来の不安感に右往左往しそうになることも多々あるのですが、自分がどうにかできるのは現在だけなので、今まさにこの瞬間、現在の自分が何をすべきか、何をやりたいのかを一番に考えて、毎日毎日に全力を出すことが大事なのかなと感じています。さあ、今日もやるぞ~!

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