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好きこそものの上手なれ。しなやかに大胆に、調和のとれた研究を。
生存圏研究所 助教 / 田鶴 寿弥子( TAZURU Suyako )
- 京都大学農学部卒業
- 京都大学大学院農学研究科修士課程修了
- 同大学院農学研究科博士課程修了
- 同大学生存圏研究所博士研究員、ミッション専攻研究員
- 同研究所 助教
- 研究テーマ:
- 東アジアにおける木質文化財の用材観のデータベース化と学際的研究への応用、新規樹種識別手法の開拓
ターニングポイントとなったカナダの自然
幼少の頃より、自然豊かな田舎でカエルや虫の鳴き声を聴きながら、山と空を毎日眺めて過ごしてきました。泥水や木の葉のにおいをかぐと,大好きだったおままごとのことが今でも鮮明に思い出されます。父が務めていた近くの博物館には古い土器や遺物が並び、それを研究者が一つ一つ調べて歴史の側面を明らかにしていく、そんな行程が幼い自分にはとてもキラキラとした光景に映りました。自分の世界に浸るのが好きだった私ですが、小学生の時に両親が送り出してくれたカナダとアメリカへの体験留学は、自分にとって大きなターニングポイントとなりました。まさに井の中の蛙、大海を知らず。飛行機から見た初めての景色と、雄大なカナダの自然に圧倒されたのを今でも覚えています。その頃から、「知らない世界へ飛び込んでいきたい」という気持ちが少しずつ芽生えてきたのかもしれません。高校時代を思い返すと、笑顔で楽しそうに物理学の実験をくりかえす恩師の姿と言葉が印象に残っています。京大を受けようかなと相談したとき、笑顔で思い切り背中を押してくれたのもその先生でした。京大入学後は、図書館や古本屋さんで見つけたいろんな本を読みあさりました。父の仕事の関係で実家にも膨大な書物が山積みになっていたからか、本の香りを嗅ぐと心が落ち着く、そんな大学生でした。本にまみれた生活をしていたある日,古本に挟まれた古びた一枚の紙きれを見つけました。ドラマのようですが、そこには、【この本を手にした方へ】とあり、【やりたいことをやるべし】と書かれていました。分厚い本におそらく長い間挟まれていただろう、どこの誰かも知らない先人からのメッセージは、当時、壁にぶつかり悩んでいた私への大きなエールになりました。
木を取り巻く世界に魅了されて
学部生のころ、当時の木質科学研究所で、文化財の樹種を科学で調査する研究が行われていることを知り、研究室の扉をたたきました。シルクロードの遺物調査、歴史的建造物や木彫像の調査、新しい識別手法の開拓、年輪の同位体比研究など、木が教えてくれる様々な情報に夢中になりました。特に、顕微鏡でみる木材組織の美しさと複雑さに魅了されました。好きこそものの上手なれと言いますが、私はなにより木を取り巻く世界が大好きです。巨木を見に行ってはしばしたたずんで、木の歩んできた歴史に思いを馳せる時間も大好きです。これまでの研究で、様々な木質文化財に出会ってきましたが、何十年何百年と生きてその時代の歴史を年輪に刻んできた木が、人の手により選別され加工され、文物としてまた新しい歴史を生きていく、その過程が私を魅了してやみません。そういった木に触れ、顕微鏡を通してその歴史を紐解くたび、レンズの向こうで古の大工や仏師たちがいたずらっぽく笑っているのが見えるようです。私の研究は、木を軸に、美術史、考古学、建築史、民族学といった研究者だけでなく、材木店、数寄屋大工、彫刻家といったプロフェッショナルな方たちとともに行います。木を見て森を見ずとならないように、様々な木の専門家たちの言葉や教えをしっかり吸収して、しなやかに大胆に、調和のとれた研究をすすめたいと思っています。大好きな木やたくさんの人の手で守られてきた文化財と真摯に向き合い、若い世代や社会に、もっともっとおもしろいことを還元できるような研究をしたいと考えています。
「母」も「好きな研究」も両方できる有難さを噛みしめて
仕事で海外に行く機会が増え、家庭や子供を持つ同じ立場の様々な国の女性研究者らとの関わりも増えました。日本に置いてきた幼い子供達のことを毎日心配している私が言われたのは、「母親がいない間にこそ、子どもは何かを得て立派に育つのよ」という言葉でした。そして,「子どもはもちろん大切だけれど、子どもには子どもの人生があり、母親の頑張りはきっと子どもに伝わる、あなたはあなた自身の人生を尊重しなさい」という励ましの言葉も。女性・男性関係なく、一人の人間として、自分の人生をいかに大切に生きるか、そのような観点からの言葉が、とても強く心に響きました。やはり共働きとはいえ、今の日本の社会構造では女性が家事育児、特に”名もなき家事”に費やす時間は長いように思います。自己嫌悪に陥ったりすることも多々ありますが、もとより私は完璧な女性(妻)ではなかったからと自分に言い聞かすことにしています。疲れていても研究のことを考えるとウキウキしますし、子どもから「お仕事がんばってね」と書かれた手紙を貰えると心底うれしいです。平日は子どもたちとゆっくり関わることができず、また出張で家を空けることもあるので、日頃の罪滅ぼしの意味もこめて、子どもたち(もちろん夫も)の誕生日やイベントには、お手製ケーキを焼いてお祝いすることにしています。「母(妻)」も「研究者」も両方させてもらえるという有難さを噛みしめて、今を大切に、支えてくれる家族、双方の両親、そして職場の人々に感謝しながらじっくりと研究を続けていきたいです。
鴨川で過ごす時間
走り回る子供らを横目に、私はお得意の四つ葉のクローバー探しに夢中です。
深夜のミシンがけ
仕事に行き詰まったときはミシンに向かいます。仕事のことを忘れ,裁縫に没頭することで,ストレスが発散できるだけでなく,子供たちのためのかわいいグッズなどが出来て一石二鳥です。海外に行ったときには、”深夜のミシンがけ“用のファブリックやリボンを探すのも楽しみです。
私は、順風満帆でスマートな人生を歩んできたわけではありません。恩師や両親、家族が広い心で許してくれて、寄り道や回り道をしたおかげで、不器用ながらようやくたどり着いた「今」というとても幸せな時間があります。過去を振り返ると、いろんな人に心配や迷惑をかけたこともありますが、若い頃に寄り道や回り道で得られた様々なことが自分の糧となり、度胸にもなっていることに気づきます。今の時代、最短距離・最短時間で効率的に目的地へいくことがよしとされている風潮ですが、たまには遠回りしたり,寄り道したりして、時にずっこけて、思いがけない出逢いやかけがえのない経験を体験するのもいいかもしれません。