京都大学男女共同参画推進センター / Kyoto University Gender Equality Promotion Center

コラム

今なお不思議が満ちあふれる生き物の仕組みを、独自のアプローチで解き明かす。

生命科学研究科 助教 / 服部 佑佳子( HATTORI Yukako )

    • 東京工業大学生命理工学部卒業
    • 京都大学大学院生命科学研究科 修士課程修了
    • 日本学術振興会特別研究員(DC1)
    • 同大学院博士後期課程研究指導認定退学
    • 同大学院 特定助教
    • 博士(生命科学)の学位取得(京都大学)
    • 同大学院 助教
研究テーマ:
栄養環境と個体成長とをつなぐ分子機構の研究

興味の赴くまま学べるだけ学ぶ

 福岡県で育った私は、田んぼや山、川、海で遊ぶ機会も多く、草花や虫、浜辺の生き物など自然に親しみながら成長しました。また、幼い頃から漠然と理系への憧れを持っていました。それは技術者の父から自然科学や論理的思考の重要性を聞かされて育ったからかもしれません。しかし、研究者を志した契機は中学時代にあるように思います。尊敬する友人が高校生で胃癌になりました。癌の原因は何か、細胞はいつどのように増殖するか、癌になる人ならない人の違いは……。図書館で手当り次第調べてみても、納得できる答えは得られませんでした。ヒトを含めた生き物の仕組みには、まだ誰も知らない重要なことが山ほどあるのではないか、それらを自分で明らかにしたい。そんな思いを抱いて県立高校の理数科に進学し、勉強に励みました。
大学進学後は生物学だけでなく、数学、物理、化学、情報科学など、興味の赴くまま学べるだけ学びました。そして、自分がこの先どこで何を研究するかを模索し、その中で興味を持ったのが、当時次々と解読され始めていた生物の全遺伝情報(ゲノム)でした。生き物の設計図であるゲノムがどのように使われ発生過程などの生命現象を支えているかを研究したいと思い、大学院では、ショウジョウバエを用いて、神経細胞が細胞ごとの特性を獲得していくメカニズムの解析に取り組みました。

栄養と個体成長との関係の理解を目指して

 近年、生命科学分野では技術の発達により、従来の生物学では扱うことが難しい生命現象にアプローチが可能となってきました。そこで、現在注目しているのが、栄養環境と個体成長との関係です。さまざまなものを食べられる種(広食性種)と、特定のものしか食べない種(狭食性種)を対比させることで、広食性種がどのようにして様々な餌を食べて成長できるのかを理解できるのではないかと考え、食性の異なるショウジョウバエ近縁5種を用いた実験を行いました。その結果、広食性種では、栄養条件間で遺伝子発現や代謝を適切に制御する機構が働くことで、様々な栄養バランスの餌に柔軟に適応できていることがわかりました。それに対して、狭食性種ではそのような機構が働かず、炭水化物の比率が高い餌を食べると、遺伝子発現や代謝産物量の上昇が生じ、成長できないことを見出しました。一方、食べる側のショウジョウバエの解析だけでなく、食べられる側の栄養の解析も行っています。モデル生物であるキイロショウジョウバエは、自然界では酵母や細菌などの共生微生物によって発酵した果物を餌として成長します。そこで、野外で採取した餌や、そこから単離した微生物の解析を行うことで、共生微生物が、幼虫の成長を支える機構を調べています。また、細胞レベルでの栄養への応答として、栄養依存的な神経突起の発達機構についても解析を進めています。
 研究を続ける上で大切にしているのは、データと真摯に向き合うこと。また、共同研究者だけでなく、さまざまな分野の多くの人と議論する中で、問題意識を明確にし、新たな視点や手法を柔軟に取り入れながら研究を推進することを心がけています。生き物の仕組みには、今なお不思議が満ちています。生物同士や環境との相互作用の上に成り立つ生命現象と、その原理を独自のアプローチで解き明かし、研究の面白さ・楽しさを大学院生や共同研究者と共有しながら、複数分野をつなぐ新たな研究領域を開拓していければと思います。

子育てを通して広がった研究と生活

 大学院修士課程在籍中に結婚し、二人の子どもに恵まれました。感想は、研究と子育て両方やってよかった!です。何より世界が広がりました。子どもの希望で、虫や魚を捕まえて家で飼い始めたところ、生き物同士や環境との間の相互作用や物質循環の上で命が成り立つ様を目の当たりにし、現在の研究テーマに非常に大きな影響を与えてくれました。また、子どもを通じて、理系以外にも様々な人たちと出会い、楽しい時間を共有することもできました。周囲の協力に支えられながら、完璧を目指さず、自分ひとりで抱え込まず、なるべく毎日同じリズムで生活することを心がけて、研究と家庭生活とを両立させています。
 時間的、物理的な制約はもちろんありますが、子どもが小さい間の一時期だけのことと割り切って楽しむことにしています。研究の推進は子育てだけでなく、個人的、社会的な諸々の事情に影響を受け得ますが、その時々でのシステムの最適化や、柔軟性、周囲との対話の積み重ねで乗り越えていけると思っています。

 


自然の中の散策
時間を見つけて、大文字山や鞍馬山、鴨川や京都御苑などを家族で散策するのが楽しみです。家族と話しながら、季節ごとに移り変わる生き物を見ることもできて、とてもいい気分転換になります。通勤途中に眺める、野の花や鳥などにも癒やされています。

 


キイロショウジョウバエ
バナナなどの匂いに誘われて家の中にも入ってくることがある、眼の赤い小さなハエです。100年以上前から遺伝子の研究に用いられ、私達ヒトとも、遺伝子や器官の働きがよく似ています。おとなしくて可愛いです。

 

 

 


研究の過程は、山登りや探検に似て、苦しくもありますが、心底ワクワクします。多くの人と議論を重ねて研究構想を練り、実験データと様々な角度から向き合う中で、初めて見えてくる世界があります。研究を通じて、世代、言語、文化を超えて面白さや感動を分かち合えるのは、とても幸せです。研究に限らず、情熱を持って地道に取り組めば、道は自ずと拓けるはず。失敗を恐れず、やりたいことに積極的に挑戦してみてはと思います。