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回り道も悪くない。異なる領域、異なる立場を見渡す広い視野を持ち続けて。
農学研究科 講師 / 鬼頭 弥生( KITO Yayoi )
- 京都大学総合人間学部卒業
- 京都大学大学院人間・環境学研究科中退
- 同大学院農学研究科修士課程修了
- 同大学院農学研究科博士後期課程修了
- 同大学院農学研究科 寄附講座「食と農の安全・倫理論」助教
- 同大学院農学研究科 研究員
- 同志社大学商学部 助教
- 京都大学大学院農学研究科講師
- 研究テーマ:
- 消費者行動、フードシステムにおける各主体の意思決定
悩み抜いてたどり着いた研究職
高校生時代は吹奏楽部の活動に明け暮れていました。他のメンバーとともに部内の意思決定にも関わり、しばしば起こった揉め事に頭を悩ませたこともありました。 当時は自覚していませんでしたが、揉め事の最中には、友人や先輩それぞれの行動原理が気になったものです。すでに人の認知や意思決定に興味があったのかもしれません。学業面では、食や環境、生物学に関心があったため、高校の文理選択時には迷わず理系を選択しました。漠然と研究職に就きたいという希望も抱いていました。こうした関心と希望のもとで京大農学部を受験し、食品生物科学科に入学しました。自分自身の興味関心に向き合うきっかけが訪れたのは、大学に入学して半年後の2001年9月10日。日本で初めてのBSE牛が発見され、その翌日には関連記事が紙面に並びました。BSE問題に関して、当初は発症のメカニズムや健康リスクについて知りたいと思い、専門家による科学的な解説等の情報を積極的に収集しました。しかしながら、私が科学的情報よりも強く関心を抱いた対象は、一般市民の意識や行動と、それをめぐる専門家の言説でした。その段階で、自分自身が、食品そのものよりも、食をめぐる人の行動や社会の仕組みを追究したいのだということに気付きました。BSE牛発見の翌日は、アメリカの9.11同時多発テロが起こった日。価値観を揺さぶられるような当時の社会情勢のもとで、物事を相対的かつ客観的にみることが重要だということも強く感じました。その後悩んだ末に、2年進学時に総合人間学部に転学部し、文化人類学分野に身を置き、 食品流通過程における人間関係と商品の価値形成について研究することにしました。漠然とした像でしかなかった研究職について、より具体的に考え、それを目指す覚悟をしたのは、修士課程に進学した直後です。具体像を結ぶなかで、農や食をめぐる社会問題に即して研究・議論し、提言していく学問領域で研究者を目指したいと考えるようになりました。そして、再び悩んだ挙句、農業経済学分野に転向しました。
国内外の農業・食料に関わる問題に貢献したい
私が所属した研究室では、農業経営学を基礎としながら、農業経営に影響を及ぼすフードシステムや、食品安全等に関わる制度を扱い、農業・食料分野の経営学の発展を図っていました。かつ、異分野の手法や知見を積極的に採り入れる空気もありました。また、恩師をはじめ、女性研究者・院生を多くかかえる研究室でもありました。それは、研究者を目指すうえで大変心強いものでした。私は異動を経て再びその研究室の一員となりましたが、そうした気風は今も引き継がれています。 現在、フードシステムについては、さまざまな論点が示され、多様なアプローチがなされています。その中で私は、フードシステムはその各段階の人や組織の意思決定や行動によって成立し変容しているとの考えのもと、彼ら/組織の意思決定、行動の実態やメカニズムの解明を研究テーマとしています。農業経済学の分野に所属していますが、社会心理学の理論や手法を採り入れ、消費者の食品選択行動や風評行動の背景にあるリスク認知を調査し、どのようにリスクコミュニケーションを進めるべきかを研究してきました。最近は、持続可能なフードシステムを念頭において、生産から消費に至るまでの各段階にある人や事業者が、どのように意思決定を行っているのかについての研究にも取り組んでいます。食をめぐる人の行動や社会の仕組みを明らかにして、新たな知識を生み出すことによって、社会に何らかの貢献ができればといつも考えています。
完璧主義を脱却し、時間をうまく管理する
研究と生活のバランスを保つため、時間を上手に管理するよう心がけています。ですが、きっちり管理するのではなく、完璧主義を脱却し、自分自身のダメなところも自覚しながら、時には自分にあまくするようにしています。人は、最良の結果や完璧な結果でなくても満足できるもの・・とはいえ、研究と教育においては最良を目指しがちになってしまうので、家事については心地よく満足できればよい、ということにしています。
今後の目標は、長い時間軸で考えながら、研究を通して社会に貢献すること。教育においても、将来社会で活躍する学生達に、学術面に限らず何らかのプラスの影響を与えることができればと思います。異なる領域の研究にも興味をもって学び、自分と異なる見解にも耳を傾けてその立場で考えてみること、自分の価値観が偏っていないか絶えず考えてみることを常に心に留めて、広い視野をもって自身の立場を問い直しながら、研究を続けたいと思っています。
紅茶ばかり・・・
摂取する飲み物の7~8割は、紅茶になっていると思います。いろいろな茶葉を試して、楽しんでいます。先輩でもあり共同研究者でもある女性研究者と一緒に、研究・教育の悩み相談をしながらお茶を飲むことも、楽しみの一つです。
思い入れのある賀茂なす
初めて投稿した論文は、賀茂なすの新旧産地に関したもの。そのこととは無関係ですが、季節になると賀茂なすを買い求めます。他の農産物にも言えることですが、農家さんごとに味も表情(外見)も異なります。その個性を意識しつつ、いずれもおいしくいただいています。
回り道のように見える私の経歴ですが、それぞれの領域で学んだこと、出会った人との交流は、いまの私の研究者としての思考の礎になっていると感じています。若いうちは自分の興味や可能性を決めてかからずに、幅広く学び、いろいろな人に会って話をして、皆さんの視野を、世界を、存分に広げていってください。それは社会に出たとき、あるいは研究を進めるうえで役に立つということにとどまりません。皆さんが社会に貢献し社会を変えるための助けとなり、また、皆さんの人生を豊かにすることにもつながると思っています。