キャリアストーリーを知る女性研究者インタビュー
臨床と研究を両輪に、病態の解明をめざして
環境安全保健機構 健康科学センター 助教 / 中神 由香子 ( NAKAGAMI YUKAKO )
- 京都大学医学部医学科 卒業
- 同医学部附属病院 初
- 期臨床研修医
- 同大学医学部附属病院、大阪赤十字病院、静岡てんかん・神経医療センター 精神科専門研修医
- 京都大学大学院医学研究科博士課程修了
- 日本学術振興会特別研究員(RPD)
- 京都大学環境安全保健機構健康科学センター 助教
[研究テーマ] 統合失調症と自己抗体
悩んだ末に決めた医師への道
江戸時代に活躍した医師の一人で、門下生が3000人もいたとされる中神琴渓。私はその末裔(10代目)にあたります。そのため、父、祖父、曽祖父と代々医師であり、親戚にも医師が多かったことから、自然と医学の道に興味を抱くようになりました。でも、当時通っていた同志社高等学校から内部推薦で進学できる同志社大学には、医学部がありません。また、安易な気持ちで医師という職業を選択したくない思いがありました。将来どうしたいのかを真剣に悩んだ末、医学部受験を選びました。
京大医学部に合格しましたが、入学した当初は恥ずかしながら、医師=臨床医と考えていました。「研究をする医者は変わり者なんじゃないか?」といった偏見すら抱いていました。ところが、6年間の医学部生活のなかで、熱い思いを抱き研究室に通っている同級生や先輩の存在が気になりはじめました。好奇心から研究室に通いはじめ、ドイツの研究室で実験する機会もありました。しかし、当時は動機が明確でないこともあり、あまり長続きしませんでした。でも、ふり返ってみると、この学生時代の研究経験があったからこそ、臨床医になったあとに基礎研究を行う選択肢が生まれたのでしょう。いまでは学生時代に研究に携わることができたありがたさと意義深さを強く感じています。
医学部を卒業し初期研修医として精神科臨床に携わるなかでやりがいを感じ、精神科を専門とすることにしました。そして、統合失調症と出会いました。統合失調症は幻覚や妄想が特徴的な精神疾患ですが、その病態には未解明な点が多く、いまも根治的治療方法は見つかっていません。長期入院を余儀なくされているたくさんの患者さんを目の当たりにし、なんとかよい治療方法を見出せないだろうか、と研究への思いが募るようになりました。
仮説から世界で初めての発見へ
統合失調症は思春期から20代の若い時期に発症します。生涯有病率は約1%であり、決して珍しい疾患ではありません。なぜ統合失調症になるのかについて研究が行われ、遺伝子異常や免疫異常などのさまざまな要因との関連が少しずつ明らかになってきましたが、解明されていないことばかりです。
一方、2007年に抗NMDA受容体抗体による脳炎が報告されました。この脳炎では統合失調症と似た症状が引き起こされますが、統合失調症とは異なり、免疫療法を含む根治的な治療方法が存在します。抗NMDA受容体抗体が発見される以前は、この脳炎患者さんの一部は統合失調症と診断されていた可能性があります。
私はこの事実を知り、「まだ見つかっていない未知の抗体によって統合失調症の症状が出現している一群があるのではないか」と思うようになりました。そして、「一部の統合失調症患者の病態には自己抗体が関連しているのではないか」という仮説のもとに研究をはじめました。その結果、ミトコンドリア代謝に関連するPDHA1に対する抗体を有する一群が、統合失調症患者に存在することを発見し、世界で初めての報告を行うこととなりました。その後はさらにこの抗体の病的意義解明のため研究を深めています。
大きな夢をもって、細くとも、長く
私自身の研究が臨床に根差していることもあり、臨床業務も大切にしています。そのため、研究に割ける時間には限界があります。一方、研究にはこれだけやれば終わりという限界はなく、やればやっただけ、新たにやるべきことが出てくる側面があります。そのため、たとえ研究を進めるスピードが遅い状況になっても焦りすぎないように心がけ、細くとも長く、継続的に研究を進めていくことを信念としています。家庭内のことを言いますと、私には娘がおります。夫が多忙であるため、家事や育児は私が主に担っています。仕事と家庭生活の両立には、福利厚生が役立っています。家事や育児を手伝ってもらえる環境が理想的だと思いますが、そうでなくても福利厚生を利用しながら仕事や研究を諦めない道もあると思います。
どのような状況であっても、いまできることを精いっぱいやるしかありません。私は統合失調症の治療をよりよいものにするという大きな夢をもち、細くとも長く、研究をつづけていきたいと思います。
♢ ESSENTIAL THINGS
愛用のノートパソコン
2015年から使っているこのノートPCは、長時間通勤のパートナーです。そろそろ寿命かな、と心配していますが、長生きしてくれています。剥がれかけたシールにも愛着があり、このまま使用しています。
♢ Key Item
iPhoneカバー
学位授与式の記念に娘と撮影した一枚を携帯カバーにしています。愛娘の写真を見ると、心があったまり、自然とパワーが出てきます。
私自身は、統合失調症患者さんに出会い、治療の限界を目の当たりにするなかで、研究への熱い思いを抱くようになりました。いろいろな人と出会い、いろいろなことに挑戦するなかで、「やりたい」ことに出会えたら、その気持ちを大切にしてください。
また、学生時代の好奇心がその後の選択肢を広げてくれたので、「やりたい」が明確でなくても、ちょっと気になる、ちょっとやってみたい、と思うならば、ちょっと挑戦してみるという姿勢も大切にしてほしいと思います。人生は一回きりですので、後悔のないように、自分自身の内なる心の声を大切に過ごしてください。