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子育て世代の生の声 ~みんなどうしてる?~

育児、介護をしながらの、日々の研究活動のシーンでは、いろいろな悩みが生じると思われます。
ここでは、男女共同参画推進センターが提供する情報、部局によるサポートなど、京都大学における現状と事例を共有します。是非みなさまのご意見をお寄せ下さい。

コロナ禍と子育て世帯
育児をしながらの在宅勤務 ー 休園・休校期間における保護者の取り組み ー

ニュースレター第92号掲載(2020年9月30日)

※新型コロナウイルス対応にかかる特別休暇及びベビーシッター利用育児支援の制度について詳細な説明に修正しました。
(2021年6月21日)

この3月以降、突然の小学校の休校や保育所等の利用自粛要請によって、保護者は、様々な対応を迫られました が、その中でも在宅勤務された方々にお話を聞いてみました。

○どうしても在宅ができない等の理由がなければ利用自粛を、との依頼が保育所・学童クラブからありました。在 宅勤務は可能な環境でしたが、実質的に業務が思うように進まないことを理由にして利用自粛を解いていいもの か悩み、配偶者と話し合い、結局、自宅保育を続けました。夫婦共に在宅勤務のため、リサイクルショップで適 当な机と椅子を購入するところから開始しました。案の定、家がすぐ汚れる、三度の食事の用意等、家事の負担 は増えました。また、子どもの声や遊びの音が大きく、仕事を進めるには工夫が必要でした。うるさい!と怒る のも何だか違うように思い、かといってテレビやゲームの時間制限は譲れず、一日の時間割にやったことを チェックする欄を設けるなど、子どもとのルール・ルーティン作りをしました。そのうち、会議中に子どもが声 を出しても気にならない雰囲気になってきたこと、子どもも親の状況をみて遊び方を変えてくれるようになった こと、普段ほとんど家にいない配偶者との間で家事分担が進んだことなどから、5 月半ば頃になって、ようやく 少しずつ楽になりました。ただ、学校再開後、子どもは学校に疲れている様子で、学習のスピードアップはとて も厳しいと感じます。今はそれが心配です。

○配偶者が医療従事者であるため、1 人で保育をしながら在宅勤務をしました。15 分おきに子どもが「見て!」 「これすごいでしょ?」「一緒にやろう?」と話しかけてきます。パソコン画面を見ながら「すごいね」「また後 でね」という返事をすることもあれば、「うるさい!」「頼むから、仕事をさせて!」と本音が出てしまうことも ありました。その度に、寝顔に向かって、今日もごめんね、と謝る日々でした。また、おもちゃの取り合いなど の子ども同士の喧嘩も増え、親も子もイライラしました。医療の現場で仕事を終えて帰ってくる配偶者に、家で の小競り合いの不満を漏らすのも気が引け、在宅勤務と保育の両立について夫婦で話し合うことは、ほとんどありませんでした。そのうち、自分の業務時間は 15 分の積み重ね、と思うことにし ました。考え方を変えることで、仕事の中断にストレスを感じなくなり、少しでも 時間があれば集中してやろう、と前向きに思えるようになりました。ただ、それだ けでは、業務が回らず、子どもが寝ている早朝・深夜に仕事をしたり、短時間、保育園や学童クラブを利用したりしました。

 緊急事態宣言にかかる実態調査の報告では、子どもを持つ研究者の多くが在宅勤務を通常時も希望しているもの の、緊急事態宣言後の家事・育児の負担は女性の側に偏る傾向があったことなどが報告されています(注 1 )

望むと望まざるとにかかわらず、育児をしながらの在宅勤務を強いられた今回の事態につき、社会学を専門とする 落合 恵美子教授(文学研究科)は、次のようなコメントを寄せてくださいました。「日本政府の政策は感染防止と経 済の二極しか見ないもので、経済ではなく生活を回すことこそ最優先という当たり前のことを無視したものでした。 子どもや親たちへの甚大な影響も考えず決断した全国一斉休校が最たる例ですが、対策のゆるさでは日本と似ていた スウェーデンでは休校はほとんどしませんでした。すべての政策のジェンダー的効果を予測してから実施を決めるの が定着しているからだということです。他方、わたしたちが実施した緊急調査(注2 (1), (2))では、在宅勤務になって家 族関係が良くなったという人が、子どものある女性の 38%、子どものある男性の 47%にのぼりました。絶対的に在 宅時間が短すぎる日本の大人には革命的な実験だったと言えます。ぜひ良い方に変わるきっかけにしてほしいです。」

 他方で、業務の性質上在宅勤務を選択できない保護者には、子どもが慣れていない学校の一時預かり等を利用したり、一人で留守番をさせたりせざるを得ない辛さもあったと思われます。本学では、臨時休校等に伴い子の養育等を行う者がいないこと等を条件とする特別休暇が新設されました(注 3 )。、また、ベビーシッターを利用する場合には、育児支援割引券の利用ができます。とりわけ、コロナ禍のための臨時休校等によるベビーシッターの利用については、特例として使用枚数制限等が緩和されています(注 4 )。

 在宅勤務と特別休暇の取得の選択ができる保護者も、業務の性質や仕事・育児についての考え方、家庭環境などはさまざまで、どちらが望ましいか一概にいえるわけではありません。

 このような異例の状況においては、解決策が簡単にみつかるものではありません。しかし一ついえることは、問題やモヤモヤを一人で抱え込まず、周囲の保育士や職場の人びとに相談したり、『たちばな』のような媒体を通して間 接的に共有したりしていくことが大事だということです。当事者も「身勝手な相談かもしれない」と臆することなく 口を開き、それを受け止める側もまずは話だけでも聞いてみる、こうしたことの積重ねが社会への働きかけにもなる との意識をもってみても、いいのではないでしょうか。

新しい生活様式への急激な移行と子どもの発育

 新型コロナの影響により、ソーシャルディスタンスやオンラインを介したコミュニケーションに 一変した社会に、子どもを抱える世帯も戸惑いました。このような環境変化と子どもの発育との関 係について、認知科学を専門とする明和 政子教授(教育学研究科)にお話を聞いてみました。

明和教授のお話

 ヒトという生物は、進化の過程で身体を介したコミュニケーションに適応しながら今あるような脳と心を獲得してきました。他者の笑顔、対話によってもたらされる自己肯定感や動機づけは、それまでに蓄積された他者と の対面での身体を通した経験を基盤としています。とくに、幼少期に抱っこされ、笑いかけられ、声をかけられ る経験を豊かに得ることは、ヒトの脳と心の発達に不可欠なものです。こうした経験は、身体の外側から受ける 刺激(相手の表情や声)と身体の内側に沸き立つ感覚(セロトニンやオキシトシンなどの脳内物質)を結びつけ て学習、記憶すること(連合学習)につながり、他者とのコミュニケーションを動機づけます。この記憶がしっ かりあると、身体を介しないコミュニケーションでもかつての記憶が呼び覚まされ、安心感を得ることができま す。例えば、この春に様相が一変した大学においても、それまでの大学生活の対面で培った教員や友人との間に 心地よいコミュニケーションの「記憶」がある学生は、バーチャルなやりとりであってもそのときの親密な関係 を呼び覚ますことができます。その点で今もっとも懸念されるのは、そうした記憶経験をまだ得ていない、新入 生の心の問題です。

新型コロナは、バーチャルなコミュニケーション様式を私たちの日常に加速度的に浸透させました。今後、感 染拡大が終息しても後戻りすることはないと思われます。我々は身体を持っている生物であるという前提を忘れ ず、子どもの脳と心を育む環境の本質について再考する必要があります。

 この点で懸念していることのひとつが、マスク着用の日常が乳児の脳と心の発達に与える影響です。生後 8 か月頃から、乳児は他者の多様な表情を経験しながらその背後にある感情を理解するようになります。脳の発達 において環境の影響をとくに受けやすい特別の時期を「感受性期」と呼びますが、この時期は視覚野の感受性期 にあたります。今、「新しい生活様式」が求められ、乳児が接する他者の表情はマスクで覆い隠されています。 こうした日常が長期的に続くと、乳児の脳の発達に何かしらの影響が起こる可能性は否定できません。透明素材 のマスクをできるだけ着用するなど、感染対策との両立を工夫していく必要があります。

 保育の現場には、脳の感受性期にある子どもたちの脳と心を考える上で重要かつ有効な経験知が豊富にありま す。今回の危機を前に、どのような保育実践が可能かを懸命に模索し続けておられると思います。保護者も一緒 になって、この問題に対する積極的な理解と協力をお願いしたいところです。

(文責 育児・介護支援事業 WG 専用アドレス:ikwg@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp)

注 1 )「緊急事態宣言による在宅勤務中の科学者・技術者の実態調査結果報告」男女共同参画学協会連絡会(2020)、 https://www.djrenrakukai.org/doc_pdf/2020/survey_covid-19/index.html

注 2 )講談社現代ビジネス ismedia(2020 年 5 月 14 日)睡眠時間激減...在宅勤務で「子どものいる女性の負担増」という 現実:在宅勤務緊急調査報告( 1 )https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72531; 講談社現代ビジネス ismedia(2020 年 5 月 15 日)コロナ調査でわかった「家族関係が良くなった人、悪くなった人」:在宅勤務緊急調査報告( 2 ) https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72551

注 3 )「新型コロナウイルス対応にかかる特別休暇の新設等について」(令和2年3月2日通知)。詳細や取得方法については各部局事務担当にお問合わせください。

注 4 )令和2年度には、新型コロナウィルス感染症による小学校の休校等の場合に、1 日につき 5 枚(合計 11,000 円相当)まで利用できるなどの特例が認められました(令和3年度も継続予定)。 https://www.cwr.kyoto-u.ac.jp/wordpress/wp-content/uploads/bs20200511.pdf;ただし、利用自粛要請に止まる場合には、特例の適用は受けられず、通常の利用枚数の制限(令和3年度については、子ども1人あたり1日2枚まで)が適用されます。ベビーシッター利用育児支援の制度 一般については、以下をご参照ください。http://www.cwr.kyoto-u.ac.jp/support/care/babysitter/