大澤 志津江(生命科学研究科・講師)
興味に素直に従って
執筆のお話を頂いたとき、正直なところ戸惑った。振り返ると、行き当たりばったりの人生で、ロールモデルになるような生き方をしていない。ただ、行き当たりばったりながらも、自分の興味が根底にあって、出会った方々から影響を受け、また支えられながら進む生き方もあるということを若い学生さんに感じてもらえればと思い、筆を取らせていただきました。
中学の頃から、モノの変化、たとえば、「卵から個体へと発生する際に見られるダイナミクス」や化学実験において体験した「色や状態変化を伴う化学反応」に強く惹かれていた。なかでも、具体的な化合物は忘れたが、スチレン系の化合物からゴムを作る化学実験で、溶液から湧き出てくるゴムを夢中になって引っ張りだし、大感動したのが今でも忘れられない。目の前で起こる化学現象や顕微鏡を通して観察できる生命現象を理解したいと漠然と考えて、化学・生物の双方が学べる東北大理学部化学科に進学した。
ただ当時は、研究者になろうという気は毛頭なく、これもまた漠然とではあったが、修士課程まで進学して、その後、製薬会社あたりに就職するものだと考えていた。自分が研究者に向いているのかも分からなかったし、化学科は特に、修士からの就職口が多いと聞いていたのもあり、自然と「修士修了後は就職」との考えに至っていた。だから、学部3 年の後期に研究室を選択するにあたって念頭にあったのは、就職するまでの3 年間で学びたいことを学ぶということ。より興味をもった生物系の研究室に進み、さらに修士課程において三浦正幸先生(理化学研究所・脳科学総合センター;現・東京大学大学院薬学研究科・教授)の研究室の門を叩いたことが、その後の人生を大きく変えるなどということを当時は想像もしなかった。
三浦正幸先生は、細胞死を実行する「カスパーゼ」を哺乳類で初めて同定した先生。ちょうどその頃、細胞死に関わる遺伝子が次々と同定され、細胞死の分子機構の研究がさかんに行われていた時期だった。死ぬという、一見消極的な現象にメカニズムがある(積極的に細胞を殺す仕組みがある)、そしてそれが生物の発生過程で大量に起きているということに興味を持って三浦研に入室し、いただいたのは、「マウス神経系発生過程で、いつ、どこで、なぜ細胞が死ぬのかを解析する」というテーマ。胎生期から生後のマウスの脳を解剖し、ひたすら切片を作成して死細胞を免疫組織染色により検出する、この泥臭い作業にすぐにのめり込んだ。第一に、発生期のマウスの脳の美しさ、なかでも神経細胞が長い軸索を特定のところに伸ばす様子の美しさたるや、何時間眺めても飽きない。第二に、実は死んでいく細胞を検出するというのはきわめて難しいのだが、わずかに検出された死細胞が組織上で数個並んで観察されたり、細胞分裂直後に死んだのであろう細胞があったり、予想外で、かつ何となく意味がありそうな現象に出会うことがあり、そのときに感じる楽しさがたまらない。何より、顕微鏡ごしに眺めた現象に対し、一緒に興奮し、関連論文を頻繁に持ってきて下さる三浦先生の存在も大きかった。また当時の三浦研には、博士課程の学生であった井垣達吏先生(現在の所属研究室の教授)、研究員であった嘉糠洋陸先生(現・慈恵医大・教授)をはじめ、いわゆる研究のプロが多く在籍していて、日々一緒に昼・夜ご飯を食べに行かせていただき、ディスカッションをそばで聞かせていただいているうちに、研究自体が生活そのものになり、勢いで博士課程に進学した。
修士・博士課程は、投稿した論文が9 連続でリジェクトされたり、決して平坦な道のりではなかった。ただ、反骨精神も働いたのかもしれないが、わくわくしながら顕微鏡を覗く気持ちがブレることはなく、観察した現象を追究したいという気持ちが揺らぐこともなく、研究員としてでも、技官としてでも、どのような立場であっても研究を続けたいと考えるようになった。そして学位取得後は、組織を構成している細胞集団のなかで、どうやって死にゆく細胞が選ばれ、また死にゆく細胞が周りにどのような影響を及ぼすのかを、ショウジョウバエをモデル生物として解析したいと考え、井垣研究室(当時、神戸大学医学研究科)に研究員として移籍、現在に至る。
井垣研に移籍して、はや7 年にもなる。2 年前にラボが神戸大から京大に移転してからは特に、学生さんと一緒に研究を進めるスタンスとなり、実際に自分で手を動かしていたときとは大幅に生活が変わった。自分自身で顕微鏡を覗く機会が減った寂しさがある一方で、やれることが増えた楽しさもある。また最近、数理生物・工学・数学分野の研究者達と共同研究を行う機会に恵まれ、それにより、自分一人では到達し得ない研究に挑戦できるようにもなって、今までとは違った研究の楽しさが見えてきた。現在は、学生の頃からずっと対象としてきている「細胞死」に加え、ショウジョウバエを含めた昆虫の外骨格形態(翅や肢、角など)を構築する原理を、実験・理論との融合研究により明らかにするという、学生の頃には思いもしなかったプロジェクトにも夢中になっている。こうして書いてみると、これまでずっと、きわめて恵まれた環境で、出会った方々に支えて頂きながら研究を満喫し(思うように研究が進まなかったことも含め)、気持ちに任せて生きてきているように思う。
今後について悩みがないかというと、そんなことは決してない。この先どのように研究を展開していき、自分のアイデンティティを出していくのか等、考えなければならないことは山積みである。ただ、一つだけ思うのは、同じ研究者であっても、生き方進み方は千差万別ということ。正解などどこにもない。悩みながらであっても進んできた道で、やれることを精一杯全力で頑張る、そして何より、生命現象の美しさ・不思議さへの興味を大事に、それだけは、忘れぬようにしたいと思っている。